ドナウの東か、遥かもっと東から

2016年7月末よりハンガリーのブダペストで生活し、2019年8月末より東京へ。毎日が新しい発見の連続です。

カテゴリ:ハンガリー > ブダペスト

山ばかりの6月を終えて7月に。以前から7月3日より勝手に夏休みを取ることにしていた。勝手に。正確にいうと7月3日の夕方までは普通に生活していたのだけど、18時過ぎになってブダペスト・リスト・フェレンツ国際空港に到着。ここからちょっとした冒険が始まったのだった。

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飛行機は夜22時過ぎに、ドイツはケルン(Köln)に到着した。脳内のチャンネルをドイツ語に設定し、ホテルにチェックイン。到着した時点ではまだ明るくて、ブダペストと時差はないのにすっかり目が冴えてしまった。一旦荷物を置いてから、夜の街へ。ホテルはケルン大聖堂(Kölner Dom)のすぐ近くで、ライトアップがとても美しかった。

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大聖堂近くのケルン中央駅(Köln Hauptbahnhof)あたりを歩く。ここに初めて来たのは約20年前だ。その記憶は実際ほとんどないのだが、少なくともこんなに最新式ではなかったという確信はある。そして記憶の中でも充分都会だったが、それから約20年で大きく変貌したことを実感した。

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それから約20年、私自身も大きく変貌したはずだ。この地にまた戻ってきたことに何かの意味を感じてしまった。たぶん、というか絶対気のせいだけど。


23時過ぎのケルン大聖堂(Kölner Dom)のライトアップを360°眺めながら、どこか落ち着ける店を探した。

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そんなこんなで見つけたのが、駅の近くの「ディー・クンストバー(die kunstbar)」

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こんなにもオシャレな空間なのに、ついつい瓶ビールを注文してしまった。ケルン名物の「フリュー・ケルシュ(Früh Kölsch)」。ドイツって地方や街によって目にするビールの銘柄が異なるのがとっても興味深い。


さてなぜ今回この地に来たのかはおいおい打ち明けるとして、夜の始まりが遅いせいなのか興奮のせいなのか、とにかくホテルに戻ってもなかなか眠れないまま、次の日を迎える。次回に続く!! 

いよいよ7月。暑い季節はワインと炭酸水を1:1で割った「フルッチュ(fröccs)」が美味しい。

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この日も友人たちと集まって、公園にあるレストランのテラス席でゆっくり味わいながら過ごした。


あとから気づいたのだけどこの写真、 フルッチュ(fröccs)を作る前の写真。グラスが空のままだった。
そして作ったあとの写真を撮る間もなく、飲み切ってしまったのだった。

ブダペスト地下鉄2号線を始め、トラムやバスの数多くの路線が交差するセール・カールマーン広場(Széll Kálmán tér)。ずっと工事中の部分があって、いつもなんだろう?って思っていたのだけど、先日通りかかったら、銅像が完成していた。

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それもこの広場の名前の由来となった、オーストリア=ハンガリー二重帝国時代のハンガリー首相セール・カールマーン(Széll Kálmán tér)の銅像だった。


完成したばかりだからか、 通りかかる人々が足を止めてじっくり見ていた。私がブダペストおよびハンガリーに来たばかりの頃は大工事中で、さらにそれより数年前まで「モスクワ広場」という名称だったこの広場。まだまだ目まぐるしく変化しそうだ。

最近のブダペストは、まだ6月とは思えないくらい暑い日々が続いている。このまま7月・8月となったらもっと暑くなってしまうのかと想像すると、乗り越えられる自信がまったく生まれてこない。直射日光に当たらずに風に当たっている分にはとても過ごしやすいので、このまま引きこもりになってしまいそうな勢いだ。


この日図書館に向かう途中も、気温35℃とまさに酷暑だった。大学広場(Egyetem tér)に設置されているミストシャワーを浴びてこようと歩いていたら、その近くで水道局のスタッフたちが飲用水パックを無料配布していた。

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氷水を張った容器でキンキンに冷やされたパックを手にしただけで、体感温度がぐっと下がった。本当に、こういう心遣いがとても嬉しかった。


黒い髪だとジリジリと頭皮まで焼きついてしまいそうな夏の太陽。帽子もだけどサンダルも既に必須アイテムと化している。

ブダペスト1区、ヴァールケルト・バザール(Várkert Bazár)の一角にて2018年11月より始まった常設展「新しい世界が誕生した(ÚJ VILÁG SZÜLETETT)」を訪問。

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巨大な銅像が並ぶエントランスも、実は前から気になっていた。そしてよく見ると、ピストルの銃口がエントランスに向かって突きつけられているようなオブジェになっていた。外壁には歴史的重要人物たちの肖像画も並んでいた。


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建物内部には、第一次世界大戦からその講和条約であるトリアノン条約後のハンガリーの世界について展示されていた。英語の説明もあったものの、ハンガリー語での説明がメインなためになかなか語学の学習にもなったのだけど、「恐怖の館(Terror Háza)」よりも割とコンパクトな形で当時の様子を知ることができた。


館内で写真撮影ができるのは、フランツ・ヨーゼフ1世の銅像と、

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その妃であるシシィ(Sisi)のコーナーのみ。

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どちらもほぼ等身大で、なかなかリアルだった。


ハンガリーの国土が今より約3倍もあり、ルーマニアのクルージュ=ナポカ(Cluj-Napoca / Korozsvár)やセルビアのスボティツァ(Subotica / Szabadka)、スロヴァキアのコシツェ(Košice / Kassa)などもまだ同じ国だった、約100年前のハンガリーの世界がどうだったのか、最近はとっても気になっている。

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