はウクライナ・ザカルパッチャ州第5の都市ベレホヴェ(Берегове)の中心地へ。ところでウジホロド(Ужгород)でもだけど、この旅の途中いろんなところで最高会議選挙に向けての候補者たちのプラカードを見かけた。

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その中で、ハンガリー語が記載されていたり、ハンガリー国旗カラーがモチーフになっている候補者は、やはりハンガリー系なのかな?って思ったり。

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そんなこんなで街の中心地に到着。ホテル兼レストラン「ゾロタ・パヴァ(Золота Пава)」でランチタイムにした。建物前には1848年のハンガリー革命時に活躍した詩人ペテーフィ・シャーンドル(Petőfi Sándor)の銅像があった。

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通りや広場の名前はウクライナ語とハンガリー語の2ヶ国語表記。こちらは「ラーコーツィ・フェレンツ2世広場」だ。

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ちなみに街の名前はハンガリー語で「ベレグサース(Beregszász)」という。大半をハンガリー系住民が占め、ハンガリー領事館も置かれている。


すぐそばにはエセ・タマーシュ(Esze Tamás)という人物の胸像。18世紀の初め、ハプスブルグ帝国の支配からの独立のために立ち上がったラーコーツィ・フェレンツ二世(Ⅱ. Rákóczi Ferenc)が率いた、「クルツ(Kuruc)」という反乱軍を当初指導していた人物だ。

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少し歩くと、カトリック教会が堂々と佇んでいた。

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近付いて見ると、エントランスにはハンガリーの国旗。そしてそれを眺めるように胸像が設置されていた。

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ハンガリー国旗カラーのリボンが付けられたリースがあるので、すぐにハンガリー系の人物だとわかった。王冠の上に斜めになった十字架が見えたので、もしやと思ったら、

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「ハンガリーの建国」の父とも称される、聖イシュトヴァーンの胸像だった。


目にする文字は二ヶ国語表記だけれど、耳にする言葉のほとんどはハンガリー語。なんだかハンガリーの地方都市をしている気分になった。まあ、約100年前までは実際その通りだったわけなのだけど。


<中編>に続く!