今回訪問したウクライナ・ザカルパッチャ州は、約100年前まではハンガリー領だった場所。さらに遡って895年、アールパードが率いる7つの部族がカルパチア山脈のヴェレツキ峠(Вере́цький перевал)に到達し、カルパチア盆地内に定住したことにちなんだ「ハンガリー征服定住の記念碑(Honfoglalási emlékmű)」を目指し、滞在先のウジホロドを朝早くに出発して車で向かった。


ナビに従って国道を走って約1時間半後、ちょっとした異変に気付いた。道が悪い。デコボコになっている、というレベルではない。もう何年も舗装していないと思われるほどの酷い状態で、池のように大きな水溜りができている箇所も何箇所もあって、私の中での「悪路」の定義が激しく下方修正された。
本当に目的地に到達できるのか、かなり不安になりながら先を進むと対向車線にハンガリーナンバーの車が停車しているのが見えた。こちらも車を停めて話しかけると、50代前半と思われる夫婦で、ちょうど記念碑からの帰り道とのこと。この先に十字架のモニュメントがあって、その左側の道を行けばすぐだと教えてくれた。そして、「道はこれ以上には良くならないよ」と笑顔で見送ってくれた。


で、その十字架のモニュメントがあったことに気づかず、ナビに従って右側の道を進んだら、

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案の定迷ってしまったので、もう一度引き返してやり直し。

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ちゃんと左側の道を進みながらも、あまりの道の細さ(と酷さ)に不安になりながらしばらくすると、

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視線の向こうに記念碑を発見。無事に到着した。

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記念碑はもともと征服定住から1000年を記念して1896年に設置された。1920年にチェコ・スロヴァキア領に編入されてからもしばらくは残っていたが、20世紀半ばに破壊されてしまった。そして、1100年を記念した1996年に彫刻家のマトル・ペーテル(Matl Péter)が製作した記念碑も、ウクライナの国粋主義者たちによって破壊されてしまったのだという。しかしながら2008年、ハンガリーからの25万フォリントの寄付金により再び製作され、マトル氏の当初のプラン通りに完成。それから約10年、この地に堂々と佇んでいる。

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征服定住の際の7つの部族をモチーフにした門の形になっていて、いたるところに学校やロータリークラブなどハンガリー人団体によるリースなどが添えられていた。

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こんなに行きにくい場所に位置しているのに訪れるほど、ハンガリーの人々にとってとても大切な場所であることを実感した。ちなみに記念碑のすぐそばには休憩ができる東屋もあった。

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記念碑の付近を歩きながら、かつてアールパードが目にしたであろう景色を独占。
 
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大自然に囲まれた澄んだ空気の中、ひとつの国が始まるきっかけとなった場所に立っていることにロマンを感じ、 なんだか胸がいっぱいになった。


行きはよいよい、帰りは・・・?!ということで、<後編>につづく!