朝から春、というよりも初夏が近づいているような陽気だった。




2月にハンガリーの南の街、セゲド(Szeged)で見た空を思い出した。
あの日もコート無しで充分なくらい暖かかった。柔らかい太陽の光の下、ティサ川(Tisza)沿いを散歩した。
ちなみに写真は川岸にあるモニュメント。これについては後日別途紹介することにする。


帰国してからの週末は、どちらか1日は電車で出かけて人に会い、もう1日は家の中か近所でゆっくり過ごす、というのが習慣となっていたのだが、今週末は事務作業に集中するために人と会う予定は一切入れていなかった。
けれどもこんなにも天気が良いのに家から一歩も出ないというのは、もったいなさすぎる。そこで、時間のロスにならない程度に近所を少し散歩してみることにした。 


仕事で使っているバッグから中身を取り出して、家の鍵、お財布、定期入れと順番に普段使いのバッグに移し替える。あ、定期入れはいらないかもしれない。戻そうとした手が、ふと止まった。


「本格的に向こうに引越す前に、絶対歯医者さんに行っておいた方がいいよ~」
アメリカ留学経験のある友人のアドバイスを思い出した。確かに、海外では歯科治療が高額になるケースが多いと聞く。定期入れの中には健康保険証も入っていた。しばらくそのカードをじっと見つめた。 


歯科医院に最後に通ったのは2015年の7月のこと。その年の1月に最後の親知らずを抜こうとして通院を始めたつもりが、意外な箇所に虫歯が確認されてしまい、大規模工事もとい治療を続けている間に半年ちょっとが経過していた。治療が完了した後も3ヶ月後、半年後と定期的に検診に行くつもりでいたのだが、すっかりそのままになってしまっていた。あれから約9ヶ月、痛い箇所はどこにもないのだが、実際歯科医に診てもらわないとわからない。


一方でいざ歯科医院に行こうにも、なかなか決心がつかなかった。もともと虫歯ができやすく何度も治療を繰り返しているため、既にかなりの額を投資している。もしかしたら人生で一番大きな買い物になっているかもしれない。これからまたどこか虫歯が見つかってしまったりなんかしたら、さらなる出費が避けられない。保険適用内治療にすればいいだけなのだが、銀歯ではやはり見た目が気になってしまう。人からどう見られているか、というよりも自分自身が気になってしまうのだ。


ただ、あと数ヶ月で渡航を予定していて、さすがにいい加減逃げ続けているわけにもいかない時期となっていた。放置した結果後で大変な思いをするくらいなら、行くしかない。もうこのタイミングしかない。それに現状どこも痛くないなら、問題はないかもしれない。


そんなこんなで、数分後には家から一番近い歯科医院の受付にいた。問診票に記入し、順番を待つ。診察室にいたのは初老の男性の先生だった。言われるがままに大口を開けると、一本一本丁寧に診てくれた。


結論として、新しい虫歯はなかった。治療の必要もなかった。もちろんこれからも油断は大敵なのだが、結果を聞いて心の底からホッとした。家を出て1時間後にはもう帰宅していた。


そういえば、ハンガリーでの歯科治療事情は実際のところどうなのだろうか。医療先進国と聞いてはいるので、医療技術も高いと思われるが、診療費の水準はどのくらいなのだろうか。今まで調べたことはなかった。


試しにネットで検索してみたところ、2007年のnikkei BPnetの記事を見つけた。当時イギリスでは、ハンガリーに治療に通う「歯医者ツアー」がブームになっていたとのことだ。歯科医の腕が良い上に、渡航費や滞在費をかけてもイギリスで治療するよりも安く済むし、観光も楽しめる。9年近く経った今でも人気なのかはわからないが、ヨーロッパの中でも診療費が安いという評判は変わらないようだ。


もうひとつ、「チタンデント歯科医院(TitánDent fogászati kft.)」という、 なんと日本語が通じる歯科医院があるという情報も見つけた。ホームページに日本語ページもあり、診療費も記載されている。若干高く感じるが、ハンガリーでの歯科治療は一度の診療で完了して、何度も通院する必要はないらしい。日本人旅行者にも人気のようだ。


向こうに行ってからも安心した治療が受けられるのなら、今日急いで行くことはなかったかもしれない。
が、とにもかくにも、虫歯がないとわかって良かった。それだけでも大きな成果だ。