ドナウの東か、遥かもっと東から

2016年7月末よりハンガリーのブダペストで生活し、2019年8月末より東京へ。毎日が新しい発見の連続です。

2019年08月

諸事情により約3年住んだブダペストを離れてしばらく日本で暮らすことになり、その他にもいろいろとあって目まぐるしく過ごしているうちに、出発の前々日となってしまった。


もう二度とやりたくないほど大変だった引越し作業をなんとか済ませ、住んでいた部屋を引き払い、激しい頭痛と歯痛に気が狂いそうになりながら、ブダ王宮の丘の上のホテルに移動。

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部屋の窓からせっかく国会議事堂(Országház)の向こうに美しい日の出が見えたのに、夜が明けて朝が来ても激しい頭痛と歯痛は治らず、翌日の午前中は痛み止め薬を飲みながら、ずっとベッドの上に横たわって過ごした。


ふと窓の外を見ると、漁夫の砦(Halászbástya)も見えた。こんなに素晴らしい景色を前にしているのに、とてももったいない時間の使い方をしてしまったことが悔やまれた。

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頭痛にしても歯痛にしても、おそらくこの1ヶ月の疲れがどっと来た結果なのだとわかっていた。あまりにいろんなことがありすぎた。そして、歯痛の原因が虫歯でないことも。だって痛んでいる場所、インプラントだもの。肩や首のコリが原因なのだとわかっていた。それでも帰国したらなるべく早く歯医者に行こうと思った。あと鍼治療も。


充分に別れの挨拶ができないままに空港へ。ブダペストでの生活を始めることを決意した頃は、3年どころかもっと何年もいるつもりでいたし、そうなることを疑っていなかった。まあどうせまた近いうちに来ることになるし、ハンガリーや中央ヨーロッパとの縁もまだまだ続く(ように努力する)ということで。ただ、向こうに着いて少し時間が経ったたら、いろいろと思い出して感慨深くなったりするんだろうな。


頭痛と歯痛が治らなくて、私としたことが空港のラウンジでもアルコールを摂取することなく過ごしたのだけど(※それだけ具合が悪かった)、機内食の時間には白ワインを飲める程度には回復していた。

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それにしてもJALの機内食があまりに美味しくて、涙が出そうなくらいだった。朝ごはんには赤ワインをお願いしたりして、だんだんいつもの自分に戻ってきた。

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飛行機は無事に成田空港に到着。

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というわけで、2019年9月からしばらくドナウの東ではなく、はるかもっと東の東京での生活となる。また新しい生活が始まる。

日本から来てくれた友人を連れて、ブダペストより北西に約40km、スロヴァキアとの国境付近の街エステルゴム(Esztergom)へ。私自身は6月にも訪れたばかりだったのだけど、徒歩で外国に行けるという島国に住んでいるとなかなか貴重な体験を、ぜひ友人にも楽しんでもらいたかったのだ。


まずは丘の上にそびえる、ハンガリー・カトリック教会の総本山である大聖堂へ。

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そして今回も、大聖堂の裏手からドナウ川にかかるマーリア・ヴァレーリア橋(Mária Valéria híd)と、その対岸スロヴァキアのシュトゥーロヴォ(Štúrovo)の街並みの景色を眺めてから、

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橋の上を歩いているうちに、スロヴァキアの国内に到達。

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ちなみに↑の写真の反対側からの眺めがこちら。

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ここからも、向こうに大聖堂がくっきり見える。


さらに歩いて、ドナウ川対岸にあるスロヴァキアのシュトゥーロヴォ(Štúrovo)へ。

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今更ながら、ハンガリー語では「パールカーニ(Párkány)」という名前であることに気づいた。それぞれの地名の語源がかなり気になったりした。


マーリア・ヴァレーリア橋(Mária Valéria híd)を渡りきったところで改めて大聖堂を撮影。

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ドナウ川の向こうに望んでも、やはり迫力がある。


せっかくなので、スーパー「BILLA」で、スロヴァキアのビールをひと通りお土産に買ってきた。

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何度訪れても、スロヴァキアなのにみんなハンガリー語を話しているという状況がとっても興味深い。

ウクライナ・ザカルパッチャ州旅行から戻ってきた翌日より、日本から友人がブダペストに遊びにきてくれた。ブダペストのほかにエゲル(Eger)にも行きたいというリクエストがあったので、バスに乗っていざ出発。なぜ車でなくてバスで行ったのかというと、

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さまざまなワイナリーが集結する「美女の谷(Szépasszonyvölgy)」を訪れるためだった。ちなみにバスを降りた場所から20分くらい歩いた。

友人:「どうして『美女の谷』っていう名前なの?」
私: 「あまりのワインの美味しさに酔っ払って、どんな女性も美女に見えるから、らしいよ」
友人&私:「ということは私たちここでは美女!!」

なんて盛り上がっていたらあっという間だった。

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今回も「美女」がお出迎え。


帰りのバスの時間を確認してから、ワイナリーを巡り歩いた。

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前に「ジーロシュ・ケニェール(zsríos kenyér)」という、パンにラードを塗って生タマネギとパプリカ粉をトッピングしたものが名物だと聞いていたので、おつまみがわりに食べてみた。

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そして、以前も訪れた「WANDA BORHÁZ」では、

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今回もテペルテーのポガーチャ(tepertős pogácsa)を注文。

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ちなみにこの時点でもう相当飲んでいた。

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もちろん、持参してきた空のペットボトルにたっぷり量り売りしてもらった。

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最後にこちらも前回訪れた「St. Andrea Kedves Wine Bistro & Shop」へ。

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テラス席でちょっとだけ優雅なひとときを過ごした。


さすがに飲みすぎて、また20分も歩いて戻るエネルギーがまったく残っていなかったので、小さな観光用の電車に乗って街の中心地へ。

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ゆっくり走るので、景色を楽しみながら酔いを少しずつ醒ました。


ブダペストへのバスの時間までまだ時間があったので、街の中心地をちょっとだけ観光。

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エゲル城(Egri-vár)
もくっきりと見えた。

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そしてブダペストに戻ってからも、持ち帰ったワインをとことん堪能したのだった。

ウクライナ・ザカルパッチャ州旅行からの帰り道。まずはハンガリー北東部のシャーロシュパタク城(Sárospataki vár)に立ち寄り、



そのあとはヴィジョイ(Vizsoly)という小さな村の改革派教会で最初のハンガリー語の聖書「ヴィジョイの聖書(Vizsolyi Biblia)」を見たり、



印刷博物館で活版印刷体験
を楽しんだりしてから、



エンチュ(Encs)
のレストラン「アニュカーム・モンタ(Anyukám Mondta)」へ。



そこで食べたものは↑の時とあまり変わらないので割愛することにして、今回ちょっとだけ町中も歩いてみることにした。とはいっても、本当にちょっとだけ。


シティー・ギャラリー(Városi Galéria)の建物の前に1848年のハンガリー革命時に活躍した詩人、ペテーフィ・シャーンドル(Petőfi Sándor)胸像を見つけたり、

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その近くでは1956年の革命期の首相、 ナジ・イムレ(Nagy Imre)の胸像を見つけたりした。

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そんなこんなで無事にブダペストの自宅に帰宅した、4泊5日の旅行は終了。盛りだくさんで大変思い出深い時間を過ごすことができた。

ハンガリー北東部の小さな村ヴィジョイ(Vizsoly)。この村にある改革派教会で最初のハンガリー語訳聖書である「ヴィジョイの聖書(Vizsolyi Biblia)」を目にしたあとは、敷地内にある「マンツコヴィッツ・バーリント印刷博物館&ワインセラーハウス(Mantskovit Bálint Nyomtatástörténeti Múzeum és Vincellérház)」の見学ツアーに参加することにした。

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中に入ると、さっそく当時の印刷手法を再現したデモンストレーション。

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そしてそして、私も実際に体験することができた。ガイドの方に印刷職人の帽子もかぶせてもらい、いざトライ。

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このレバー、結構な力が必要で二の腕が鍛えられた。

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無事に刷り上がってひと安心。良い思い出をまたひとつ増やすことができた。


その奥の部屋には伝統的な活版印刷の器具がずらりと設置されていた。

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さまざまなサイズの活字もディスプレイされていた、なかなか興味をそそられた。

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さらに奥に進むと、伝統的なワイン製造を紹介したコーナー。

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「印刷」と「ワイン」には実は密接な関係があって、かつて印刷物はワインの樽に入れて輸送されていたそうだ。そうした歴史に関しても深く追ってみたくなった。


車に戻って目指すはエンチュ(Encs)のレストラン「アニュカーム・モンタ(Anyukám Mondta)」
ふと窓の外を見ると、印刷博物館のガイドさんが大きく手を振ってくれた。今度はもっとゆっくり見学したい。 

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