ドナウの東か、遥かもっと東から

2016年7月末よりハンガリーのブダペストで生活し、2019年8月末より東京へ。毎日が新しい発見の連続です。

2019年03月

セゲド(Szeged)では、モーラ・フェレンツ博物館(Móra Ferenc Múzeum)の別館「フェケテ・ハーズ(Fekete Ház)」で絵画展を鑑賞した。テーマは、ちょうど140年前の1879年3月に街を襲ったティサ川の大洪水だ。

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大洪水発生の15年後の1894年に、街としてこの災害を後世に絵画で伝えようということになった。当初は国際的にも著名な画家ベンツール・ジュラ(Benczúr Gyula)に依頼しようとしたが、多忙な故に受け入れてもらうことができず、コンペの結果ヴァーゴー・パール(Vágó Pál)が手がけることとなったという。時のハンガリー国王フランツ・ヨーゼフ1世も描かれているものもある。

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オリジナルは幅7m×高さ3.5mという巨大サイズゆえに、所蔵している本館(※現時点で改装中)から運び出すことができないため、ここに展示されているのはオイルプリントで複写されたもののこと。館内にはコンペに出品された他の画家による絵画も展示されていた。また、あの音楽家フランツ・リスト(※ハンガリー語表記ではリスト・フェレンツ Liszt Ferenc)も街の再興事業に寄付をしていたという。彼自身は一度もセゲドを訪れたことはないそうだけど。


絵画のほかにとても興味深かったのが、随所に配されたゲームだった。言葉遊びだったり、

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パズルだったり、

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モチーフ探しだったり、

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ゲームを通じて、絵画をより深く鑑賞することができた。

約1年半ぶりにハンガリー南部のセゲド(Szeged)を訪れた。まずは、街の中心部の入口のような 英雄の門(Hősök kapuja)を抜ける。

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こういう地上階がトンネルになっているような建築物、大好き。普通に道路になっていて、車やトラム、そして人々が行き交っている様子がとても面白い。


中心地をてくてく歩いて、ドゥゴニチュ広場(Dugonics tér)へ。この広場の脇にはセゲド大学の建物のひとつがあり、その前にセント=ジェルジ・アルベルト(Szent-Györgyi Albert)博士の像がある。
 
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セゲドの特産品でもあるパプリカからビタミンCを発見したことなどの業績により、1937年にノーベル医学生理学賞を受賞。この銅像もパプリカを持っているのかと思っていたけれど、この距離に近づいた時にそれがパプリカではなくパイプだとわかった。


そのあとで、前にも訪れたことのある「ベルヴァーロシ・ツクラースダ(Belvárosi Cukrászda)」で朝食。

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ここのクレーメシュ(krémes)、生地がサックサクなのがとても美味しいのだ。


お腹が満足したところで、モーラ・フェレンツ博物館(Móra Ferenc Múzeum)の別館「フェケテ・ハーズ(Fekete Ház)」へ。ちょうど140年前の1879年3月に街を襲ったティサ川の大洪水を描いた絵画展を鑑賞した。

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再び街中へ。旧式のトラムの車体展示に胸をときめかせながら、

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この街のシンボルでもある誓約教会(Fogadalmi templom)まで歩いた。

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ここで前回は気づかなかった(それとも新しく設置されたのか?)モニュメントを発見した。

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お天気も抜群で、もう何度目かの訪問だというのにすっかり満喫してしまった。そう、この街を訪れる時はいつも天気に恵まれている。

ドナウ川にかかるマルギット橋(Margit híd)のブダ側のほど近く。「バラの丘」という意味の丘、ロージャドンブ(Rózsadomb)「グル=ババの霊廟とバラ園(Gül Baba Türbe és rózsákert)」が去年リニューアルオープンしたと聞いていた。


グル=ババとは16世紀半ば、オスマン帝国がハンガリーに侵攻した際に突然死去したというトルコの軍人だ。霊廟の中には彼の遺骨が眠っている。 


ちょうど近くを通ったので寄ってみようかと、Googleマップを頼りに向かおうとしたところ、

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早くも急な坂にたどり着いた。ブダペストに住み始めてもうすぐ3年になるが、こんなに急なのはなかなか遭遇したことがなかった。登るだけで足腰が鍛えられそうなその勾配を進むと、

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左手に入口らしい階段が見えた。ちなみに、最初はよくわからず通り過ぎてしまった。さらにちなみに、正面入口はこちらではないというのとを後から知った。


階段を登ると、予想よりも広大な施設にたどり着いた。

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そして、グル=ババの銅像もお出迎え。ところで「グル=ババ」というのは本名というわけではなく、トルコ語で「バラの父」という意味の通称らしい。「ロージャドンブ(Rózsadomb)」という丘の名も、彼がこの地にバラの花を植えたことに由来するとか。

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この建物が彼の遺骨が安置されている霊廟だ。

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小高い丘に位置していることもあり、見晴らしもとても美しかった。遠くには、ドナウ川の対岸のペシュト側が見える。国会議事堂もくっきりだ。

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また、近隣で大きな集合住宅を建設しているのも見えた。

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施設内の地下階はミュージアムや、

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お土産やグッズを売るショップがあった。

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普段あまり意識することはなかったのだけど、ハンガリーで暮らしていると、確かにかつてのオスマン帝国支配下時代の名残を随所に感じることができる。もう少し、このあたりの歴史についても勉強したいと思った。

<前編><中編>はこちら


ハンガリー西部ジェール(Győr)の中心地、大聖堂司教の塔がある丘を一旦後にして丘を下り、

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ウィーン門広場(Bécsi kapu tér)へ。そこにはカルメル教会(Kármelita templom)が堂々とそびえていた。

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そのまま橋を渡って、ラーバ川(Rába)の中洲を歩くと、対岸に先ほどの大聖堂司教の塔が望めた。

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この日は川面がとても澄んでいて、美しい線対称の景色を描いていた。

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向こうに見えるのは、コッシュート橋(Kossuth híd)。この写真だとわかりにくいのだけど、この橋のあたりでラーバ川(Rába)モショニ・ドゥナ川(Mosoni-Duna)が合流する。

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ちなみに、モショニ・ドゥナ川(Mosoni-Duna)はこのままさらに北東へと流れ、スロヴァキアとの国境付近でドナウ川に合流する。


てくてく歩いていると、大聖堂司教の塔がさらに近くに。

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そして中洲の端っこから、コッシュート橋(Kossuth híd)を近くに望む。

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そこには、「ヴィーズィチコー(Vízicsikó)」という名の銅像が堂々と佇んでいた。その向こうに"GYŐR"の文字が見える。

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直訳すると、「ウォーターホース」?、「水馬」?のこの銅像、1981年にはこの地に置かれていたそうだ。

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最後まで美しい景色に心を奪われながら、帰路へ。


ちなみにブダペストまでの帰りの高速の途中、タタバーニャ(Tatabánya)のあたりで山の上の方にぼんやりとライトアップされている何かが見えた。

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高速走行中の車の助手席からの撮影なので、写真だとさらにわかりにくくなってしまっているけれど、おそらくあの「トゥルル像(Turul)」だと思われる。もうあれから1年以上経過しているのかと思うと、ちょっとだけ気持ちが焦ってきてしまった。 

<前編>はこちら



ハンガリー西部ジェール(Győr)の中心地、歩行者専用となっている一帯を歩いていると、ところどころにオーストリア・ハンガリー二重帝国時代から続く商店を見かけた。例えばこちらの「ホフマン(HOFFMANN)」

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1889年創業とのことで、店頭に掲げられている絵看板から察するに、「傘修理」や「刃物研磨」のサービスのお店のようだ。軒先看板にも、傘と刃物のモチーフが模られていた。その外見だけで歴史と風格が感じられる。


そう、この軒先看板を見て歩くのも楽しかった。こちらは「アラニハヨー・パティカ(Aranyhajó Patika)」という薬局で、直訳すると「金の船の薬局」。その名の通り、軒先看板は金の船が模られていた。

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ちなみにあとで調べてみたところ、創業は1991年とハンガリーの体制転換の直後の時期だった。もう30年近くも前だが、それでも先ほどのお店の約100年後ということで、新しい感じがしてしまう。


こちらの畑を耕す人を模った軒先看板は、種苗店のもの。

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その隣に見えているハサミと櫛の看板は、床屋さんのものだ。


セーチェニ広場(Széchenyi tér)へ。の方に戻ると、1886年創業のテーラー「ラハマン(LACHMANN)」を見つけた。

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こういうテーラーで仕立てた紳士服って素敵だろうな。自分自身が着る機会はないと思われるけど、それでも憧れる。


しばらく歩くと、太陽と王冠をモチーフにした軒先看板を発見。建物には「ナプハーズ(NAPHÁZ)」、つまり「太陽の家」とある。

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よくわからなかったが、どうやらコスメティックサロンが入っているらしい。


そのあとで、丘の上に登って大聖堂(Püspöki Székesegyház)の中へ。こちらの写真の右の建物だ。ちなみに左の建物は「司教の塔(Püspökvár tornyába)」。塔の上は展望台になっていて、地上から見上げると、観光客たちが街全体の景色を楽しんでいる様子だった。
 
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大聖堂の中はフレスコ画が飾られ、豪華な祭壇が設置され、とても荘厳な雰囲気に包まれていた。

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外に出て、もうしばらく街の中を散策。


<後編>に続く!

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