ドナウの東か、遥かもっと東から

2016年7月末よりハンガリーのブダペストで生活し、2019年8月末より東京へ。毎日が新しい発見の連続です。

2017年10月

昨日の夜から急に寒くなってきた。
日曜日からハンガリーも冬時間。既に冬のコートを取り出し、本格的に寒くなる前に中のアタッチメントを外して着ていたのだけど、歩いているだけで手が悴んでしまう寒さになっていた。このままだと、またアタッチメントを付け直さなければならない。




ブダ王宮のライトアップも、冷えた空気の中どこか冬の装いを感じた。ちょうど月がゲッレールト山との間に浮かんでいて、(寒くなければ)もっと見とれていたいくらくらいのロマンチックな景色になっていた。


iPhoneの天気アプリによると、外気温は5℃。氷点下になる日もそう遠くないのかもしれない。

ちょうど去年の今頃も、セーナ広場(Széna tér)にある1956年ハンガリー動乱の記念碑の周りには、当時この地で命を落とした人々の写真と献花が並んでいた。



ショッピングセンター「MAMMUT」の外壁のポスターは新しいデザインになっていて、少し離れたところにいてもそのインパクトが伝わってきた。


また今年も、ここで戦った人々を近くに感じた。

日が短くなり、屋内で過ごすことが多くなったこともあり、最近は時間を見つけては本を読んでいる。

 


本来ならハンガリー語や英語の本で勉強するに越したことはないのだけど、たまには息抜きということで、読むのは日本語の本が中心。今は友人に借りている中川淳一郎氏著の「縁の切り方」を読んでいる。
 

中川 淳一郎
小学館
2014-12-01

 

ハンガリーに住み始めてからも、SNSで日本の友人たちとは繋がっていられるし、中にはこちらまで遊びに来てくれる友人までいるので、全然寂しくない。でもやはり、日本から物理的に離れることが、人間関係を見直すきっかけになったと言っても過言ではない。


お互いが本当に大切だと思い合える人間関係は、距離に関わらず繋がっていられるのだから、距離が離れたことで切れてしまうような関係は、それまでだってことなのだ。自分にとっても相手にとっても。そう、連絡が取りにくくなってしまった友人もいた。それはとても悲しいことだったけれど、相手にとって自分はもう大切ではなくなったということなのだ。もしかしたら、また何かのきっかけで戻ることはあるのかもしれないけれど。


人生時間だって限られているのだから、お互いが本当に大切だと思い合える人間関係だけを大切にしていきたい。一方通行ではなくて。とても良い出会いがあったら、その人にとっても私との出会いが良いものとなるように、自分を高めていきたい。


まだまだ人生、修行が必要だな。 

ハンガリー語の語学学校で仲良くなったスウェーデン人女性と、「Európa Kávéház」に行ってきた。


10歳以上も年下の彼女は、大学卒業前の休暇を利用してブダペストに短期滞在しながらハンガリー語を学んでいたのだが、もうすぐスウェーデンに帰ってしまうのだ。
語学学校では、いろんな国からいろんな事情で学びに来た生徒たちと出逢う。私が参加したコースでは彼女のような短期滞在組が多く、コースが終わった後もブダペストに残る身としては、やはりどことなく寂しさを感じざるをえない。Facebookなどで気軽に繋がれる時代になったとはいえ、またリアルに会えることはなかなか難しいかもしれないのだ。


まあでも、スウェーデンにはいつか行きたいと思っていたし、ストックホルムまではブダペストから飛行機でだいたい2時間くらいとのことだし、LCCも飛んでいるみたいだし、そう考えていると再会の実現は当人次第なわけだな、と考え直したりもして。ハンガリー語好きの彼女もまたブダペストに来る機会もあるわけなので、「今生の別れ」というよりは「再会の前の布石」のような雰囲気で、2人でケーキを食べながらいろんなことを話した。たっぷり3時間近くも。


ショーケースには、2014年の「ハンガリーのケーキ(Az Magyarország tortája)」も並んでいた。



過去のものを見たのは初めてだったので、迷わず注文。数種類のチョコレートがベースの濃厚な味わいだった。


同じクラスなので、お互いハンガリー語力はほとんど同じレベルなわけで、つまりはハンガリー語ではうまくコミュニケーションできないから英語での会話となった。とはいえ、10歳以上年下の彼女の方が英語がずっと堪能で、私の方は表現したいことがなかなか英語で出てこないという事態が何度か起こった。「次会う時にはもう少し英語上手くなっていると思うよ」と言ったら、「その前にハンガリー語も絶対もっと上手くなっているよ」と言われた。そうだよね、どちらも上手くなりたい。


そして、もし本当にスウェーデンに行けたら、スウェーデン語で簡単な挨拶くらいはできるようにならなきゃね。行くなら夏だな。

今から約12年前の12月、出張でウクライナのキエフ(Kiev)を訪れていた。その時自分へのお土産に、キャビアの瓶詰めを買った。


友人たちとのホームパーティーで、お洒落にオードブルにしてみようと思っていたものの、フタが固くてなかなか開けることができず、そのままストックに埋もれていた。


そして、なかなか開けられないまま、だからといって捨てることもできないまま、日本で2回の引越しを経て、そのまま一緒にブダペストへ。まさかキャビアも10年以上経ってからウクライナの隣の国まで戻ってくるとは、予想もしていなかったことだろう。キャビアだけじゃなくて私もね。


で、そのキャビアのフタが、先日とあるきっかけであっさり開いた。

ずっと回して開けるタイプだと思い込んでいたのだけど、実際は回さずに上の方向へと開けるタイプだった。スプーンを使ってこじ開けることができた。


中身のキャビアは約12年の歳月を経て、だいぶ粒がふっくらしているように見えたものの、味は割とキャビアだった。とはいえ、そのままだと塩気が強すぎるので、チーズやキュウリと一緒に食べた。


それにしても、瓶詰めとはいえ約12年モノの食品を口にしてしまったのだが、今のところお腹に変調はない。大丈夫だと思う、たぶん。

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