ドナウの東か、遥かもっと東から

2016年7月末よりハンガリーのブダペストで生活し、2019年8月末より東京へ。毎日が新しい発見の連続です。

2016年7月末よりハンガリーのブダペスト(=ドナウの東)で生活し、2019年8月末より東京(=遥かもっと東)へ。
日々の出来事をときどき交えながら、ハンガリーや周辺諸国のグルメ、観光情報などをご紹介しています。

夏頃の本格的な引越しに向けて、ビザ申請のための書類の準備はとりあえず着実に進めているのだが、いくつかまだ揃っていないものもある。
若干早まってしまったかもしれないけど、昨日の夜Expedia(エクスペディア)」で航空券を予約した。ブダペストまでの、片道で。夏休みシーズンとかぶる時期なので、そろそろ買っておかないとどんどん価格が上がってしまうだろうから、後悔はない。


ちなみに、航空券を予約する際はいつも、「トラベルコちゃん」「楽天トラベル」の2つのサイトで検索して、価格と所要時間と航空会社のバランスが最も最適なものを選んでいる。
最初にブダペストを訪れた2015年の9月、つまり約半年前はターキッシュ エアラインズ(Turkish Airlines)でイスタンブール経由で行った。金曜日仕事を終えた後に出発したかったので、深夜便があるのはありがたかった。
2回目に訪れた2016年2月、ついこの前はANAで飛んだ。ルフトハンザ(Lufthansa)とのコードシェア便で、羽田発ミュンヘン経由で行けたので、成田空港まで重い荷物を運ばずに済んだ。
どちらも往復で10万円〜12万円程度(※燃油サーチャージ、諸税、手数料込み)だった。価格としても安い方だと思う。さらに、スターアライアンス(Star Alliance)のマイレージもかなり貯めることができた。


今回は夏休みシーズンのうえに、片道なので苦戦した。不思議なことに、片道だと往復の半分になるどころか、倍以上になるケースもある。価格を優先するか、所要時間を優先するか、航空会社を優先するか。良いバランスのものはなかった。
結局価格と所要時間で決めることにして、「トラベルコちゃん」で比較検討した結果、Expedia(エクスペディア)」にたどり着いた。


次のステップはいよいよビザ申請となったが、遅くとも今月中には済ませる予定だ。取得するまではさしあたり、粛々とハンガリー語の勉強を進めるとしよう。


仕事を終えた帰り道、日暮里で用事があったので、「一由そば」に寄ってみた。
店外まで行列ができていてびっくりしたが、回転が速いようですぐに空いた。
温かいおそば(小盛り)100円、ゲソ天ハーフ60円、季節限定「春野菜の天ぷら」よりクレソンの天ぷら50円、合計で210円。




もう少し欲張っても良かったかな?

きっとこの味もいつか恋しくなるのだから、また近いうちに来るとしよう。
うん、「春野菜の天ぷら」のもうひとつ、ブロッコリーの天ぷら50円もかなり気になって仕方ない。


その前に、昨日夜桜の写真を撮った。


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つい最近まで、この近くに住んでいた。
1Kで20平米くらいの狭い部屋で、クローゼットなんか学校などに置いてある掃除ロッカーほどの大きさしかなかったけれど、南西向きの角部屋だったし、バスとトイレも別々、マンションはオートロックで宅配ボックスも設置されていたし、何より毎年春になると近所で美しい桜を楽しめた。
出勤時は朝日に映える桜、帰宅時はライトアップされた夜桜と、観光客で賑わっている中で「近くの住民」として、ちょっとだけ優越感に浸っていたりしていたのは否定しない。
年に一度の桜の季節のためだけに住んでいた、と言っても過言ではなかったし、本当はもう少しこの街にいたかった。


結局契約更新の時期で引っ越してしまって、理由は他にもいろいろあったのだけど、本当のところの一番大きな理由は、近隣の工事の騒音に耐えきれなくなったことだった。築年数約20年のマンションの壁は、土曜日も朝から始まる大音響をしっかり部屋の中まで伝えていた。おかげで、せっかくのお休みに二度寝したくても、優雅な午前中を過ごしたくても、全然安らぐことができなかった。ちなみに近隣だけではなく、街全体に再開発が進んでいるため、駅の途中にもあちこちに工事現場があった。
街は大きな変化の過程で、雰囲気に落ち着きがなかった。たまに訪れる分には気づかないだろうけど、私はひしひしと空気で感じていた。


数ヶ月ぶりに訪れた街は、既に私が住んでいた頃とは違っていた。大きな歩道橋はすっかり撤去されてしまって、その代わりに新しい横断歩道が敷かれていた。それでも川沿いの桜の木々は、今年も変わらず美しく咲き誇っていた。


電車を乗り継いで帰宅して、ベッドの中で眠りについている間に私は、年を取った。わかっていたことだけど、それだけでは何も変わらない。
けれどもすぐに私にも、少し前まで住んでいたあの街のように、もしくはそれ以上に大きな変化が訪れる。そんな中でも、私らしく輝いていたいと思った。


だから、今日も仕事の後に生ビールとハイボール。私が私であるために、必要な時間なのだ。


明日、というかあと2時間後に誕生日を迎える。


振り返ってみるといつからか、毎年3月の初めくらいからそわそわと、この日を迎える準備に悩まされていた。
また、年を取る。気分はまだまだ若いつもりでも、肉体は確実に「老い」に向かっている。目を背けたくなるその現実をしっかり受け止めるために、約1ヶ月は必要な時間だった。あまりに意識しすぎて、何かの申し込み用紙などの年齢欄にうっかり次の年齢を書いてしまうこともあったくらいだ。


心の準備にもだが、誕生日当日をどう過ごすかにも悩まされていた。特に夜の過ごし方。
「アラサー」と称される年齢になってからは、土日に当たらない年は有休を取るようになった。日中はひとりで買い物に出かけたりして自由に過ごした。夜は仲の良い友人とオシャレなレストランで食事をしたり、同じ誕生日の友人と合同でパーティーを開いたり、恋人が祝ってくれた年もあった(ちなみに多かった順に書いている)。
「誕生日は特別な日」という固定観念にどっぷり浸かっていた。どうにかして「特別な日」で締めくくりたかったから、夜は無理矢理に予定を作った。ひとりで過ごすのは寂しすぎると思い込んでいた。


けれども誕生日が過ぎてしまえば、「また、年を取った」という現実を不思議なくらいすんなりと受け止められている。別に新しい気分になったわけではない。何かが変わったとすれば、誕生日前にしつこく悩まされていた諸々から解放されたということだけだ。




と、いうのが去年までの話だった。
今年はいろいろと事情が変わったのだ。


年末年始を慌ただしく過ごしたまま、ひとり暮らしをしていた街から生まれ育った街に引越し、その翌週には遠く離れたハンガリーのブダペストにいた。そして4週間の滞在を終えて一旦帰国してから、1ヶ月になる。
帰国してすぐに職場にも復帰し、夏以降の生活に向けての準備に追われているまま、気づくと今日を迎えていた。
しかも、4週間も有休を取った上に、三連休中に生牡蠣にあたって直後の2日間病欠してしまったせいで、明日の誕生日は出勤の予定だ。


「また、年を取る」ということ、「誕生日は特別な日」にしなければならないということ、どちらもすっかり気にかけていなかった。毎年恒例の不安定な時期がやってこなかった。
それもこれも、明日誕生日を迎える以上に大きな人生のターニングポイントをもうじき控えているからなのかもしれない。


今年の夏、ブダペストに引越し、新しい生活を始める。 
でも、一時帰国などで(今も気持ちはそうなのだけど)東京の生活を終えたわけではない。
向こうでの生活が本格的に始まる前に、明日年を取る前に、


このブログを始めることにした。



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