ドナウの東か、遥かもっと東から

2016年7月末よりハンガリーのブダペストで生活し、2019年8月末より東京へ。毎日が新しい発見の連続です。

2016年7月末よりハンガリーのブダペスト(=ドナウの東)で生活し、2019年8月末より東京(=遥かもっと東)へ。
日々の出来事をときどき交えながら、ハンガリーや周辺諸国のグルメ、観光情報などをご紹介しています。

今回訪問したウクライナ・ザカルパッチャ州は、約100年前まではハンガリー領だった場所。さらに遡って895年、アールパードが率いる7つの部族がカルパチア山脈のヴェレツキ峠(Вере́цький перевал)に到達し、カルパチア盆地内に定住したことにちなんだ「ハンガリー征服定住の記念碑(Honfoglalási emlékmű)」を目指し、滞在先のウジホロドを朝早くに出発して車で向かった。


ナビに従って国道を走って約1時間半後、ちょっとした異変に気付いた。道が悪い。デコボコになっている、というレベルではない。もう何年も舗装していないと思われるほどの酷い状態で、池のように大きな水溜りができている箇所も何箇所もあって、私の中での「悪路」の定義が激しく下方修正された。
本当に目的地に到達できるのか、かなり不安になりながら先を進むと対向車線にハンガリーナンバーの車が停車しているのが見えた。こちらも車を停めて話しかけると、50代前半と思われる夫婦で、ちょうど記念碑からの帰り道とのこと。この先に十字架のモニュメントがあって、その左側の道を行けばすぐだと教えてくれた。そして、「道はこれ以上には良くならないよ」と笑顔で見送ってくれた。


で、その十字架のモニュメントがあったことに気づかず、ナビに従って右側の道を進んだら、

IMG_3278

案の定迷ってしまったので、もう一度引き返してやり直し。

IMG_3277

ちゃんと左側の道を進みながらも、あまりの道の細さ(と酷さ)に不安になりながらしばらくすると、

IMG_3242

視線の向こうに記念碑を発見。無事に到着した。

FullSizeRender


記念碑はもともと征服定住から1000年を記念して1896年に設置された。1920年にチェコ・スロヴァキア領に編入されてからもしばらくは残っていたが、20世紀半ばに破壊されてしまった。そして、1100年を記念した1996年に彫刻家のマトル・ペーテル(Matl Péter)が製作した記念碑も、ウクライナの国粋主義者たちによって破壊されてしまったのだという。しかしながら2008年、ハンガリーからの25万フォリントの寄付金により再び製作され、マトル氏の当初のプラン通りに完成。それから約10年、この地に堂々と佇んでいる。

IMG_3259

征服定住の際の7つの部族をモチーフにした門の形になっていて、いたるところに学校やロータリークラブなどハンガリー人団体によるリースなどが添えられていた。

IMG_3255

FullSizeRender

こんなに行きにくい場所に位置しているのに訪れるほど、ハンガリーの人々にとってとても大切な場所であることを実感した。ちなみに記念碑のすぐそばには休憩ができる東屋もあった。

IMG_3269



記念碑の付近を歩きながら、かつてアールパードが目にしたであろう景色を独占。
 
IMG_3263

IMG_3256

大自然に囲まれた澄んだ空気の中、ひとつの国が始まるきっかけとなった場所に立っていることにロマンを感じ、 なんだか胸がいっぱいになった。


行きはよいよい、帰りは・・・?!ということで、<後編>につづく!

ウクライナ・ザカルパッチャ地方の最初の目的地、ウジホロド(Ужгород)。小高い丘をてくてくと登ると、ウジホロド城(Ужгородський замок)に到着した。

FullSizeRender

ここで入口の手前で既視感のあるミニチュア銅像を発見。

FullSizeRender

見れば見るほど作者が誰なのか、だんだん確信が強くなってきた。


門にあるチケットオフィスで入場券を購入し、城壁の内部へ。ハンガリー建国神話に登場する伝説の鳥「トゥルル(Turul)」像が出迎えてくれて、この地がかつてハンガリー領内であったことを改めて実感した。

FullSizeRender


城の建物の内部は博物館となっていて、展示物から街の歴史が伺えた。

IMG_3164

IMG_3161

広々としたチャペルもあり、天井と壁には美しいフレスコ画。

FullSizeRender

とても幻想的な空間だった。


ちなみにトゥルル像の近くにワイン・テイスティング・ホールなるものを見つけたので、さっそく中へ。

IMG_3174

リンゴとチーズをおつまみに、白ワイン、赤ワイン、貴腐ワインの合計7種を順番に味わった。

IMG_3171

これがひとりなんと65フリヴニャ=約274円。同じくザカルパッチャ州のベレホヴェ(Берегове)にある「シャトー・チザイ(Chateau Chizay)」というワイナリーのもので、全体的に甘めなのが特徴的だった。

IMG_3173


ところで私は外国を旅する際、


と、挨拶表現を現地語で書いたメモを持ち歩いていて、今回も特に「こんにちは」と「ありがとう」をいちいち読み上げながら観光していたのだけど、そうするとそれまで無表情だった博物館のスタッフもまるでぱぁーっと花が開くように明るい表情になって、笑顔で応対してくれた。相手が何を話しているのかは全然わからないのだけど、そういう体験がとても嬉しかった。


そして、ウクライナ・ザカルパッチャ州旅行編はまだまだ続く、というか始まったばかりだった。

ウクライナ・ザカルパッチャ地方旅行の最初の目的地は、州庁所在地のウジホロド(Ужгород)。街の中心地には、地名の由来ともなったウジュ川が流れ、静かな雰囲気に包まれていた。

IMG_3101

IMG_3112


ふと、橋のたもとでどこかで見かけた銅像を発見。

FullSizeRender

"Ignatius Roshkovych"という人の銅像とのことだけど、どこかで見たような・・・?? その正体はすぐに明らかになったのだけど、また別の記事ということで。


この辺りは歩行者専用の広場になっていて、銅像の近くの建物はかつて劇場だったようだ。

IMG_3118


そして、広場の先には大きなシナゴーグの建物。

IMG_3119

ここは現在は、フィルハーモニー・オーケストラのコンサートホールとなっている。


シナゴーグの横には、ウジホロド子供鉄道(Ужгородська Дитяча Залізниця)の駅があった。

IMG_3127

遠目に見て、ブダペストの子供鉄道と同様に子供たちが実際に働いているのだと思われた。こちらもかつての「ピオネール」の名残りなのかもしれない。

もう少し近付いてみると、ちょうど発車するところだった。

IMG_3125

ゆっくりゆっくり進んでいく様子を見送りながら、賑やかなエリアへと足を向けた。


約100年前まではハンガリーに属していた街だからか、建物からはどことなくハンガリーらしさが伺えた。

FullSizeRender

が、目で見るものも、耳に入るものも、ほぼウクライナ語。幸い、プリペイドのSIMカードを求めて入ったお店ではなんとか英語が通じたのだが、それでもだいぶGoogle翻訳にお世話になった。


このあと街の主要観光スポットでもある「ウジホロド城(Ужгородський замок)」へと向かった。

↑このページのトップヘ