ドナウの東か、遥かもっと東から

2016年7月からハンガリーのブダペストでの生活を始めました。毎日が新しい発見の連続です。

早稲田大学在学中に交換留学で1年間ドイツのライプツィヒ大学に留学。
卒業後ドイツ系企業に就職したはずが、入社3年目でアメリカ系企業に買収。
その後は広告代理店やサービス業など日系企業を転々としている間にいろいろあって、2016年夏ハンガリーのブダペストで新生活を始めたばかりです。

自然派&無添加石鹸AROMATICIA(アロマティシア)さんのページでの連載コラムも13回目
今回のタイトルは、「アイスクリームのある生活」だ。



今年の夏はとっても暑かったので、何度も街中のアイスクリーム屋さんの誘惑に負け続けてしまった。甘みを抑えたフレーバーもあって、余計にハマってしまったんだよね。


最近は毎日雨が降ったり風が強かったり、暑かった夏がウソのようなお天気。秋を通り越して冬が来ちゃう前に、もう少しだけアイスクリームを堪能しておこうと思う。 

フェルテーラーコシュ(Fertőrákos)の採石場を訪れた後は、今回の旅の第7の目的地、オーストリアとハンガリーの国境に近い街ショプロン(Sopron)へ。いつも近くまでは通っていたのだけど中心地に行く機会がなくて、初めての訪問となった。


ペテーフィ劇場(Petőfi színház)の建物からスタート。

ちなみにテラスに立っている男女は、よく見たらマネキンだった。


火の見塔(Tűztorony)のある中央広場(Fő tér)へ。


塔の上まで登れるらしいのだけど、体力の限界によりスキップ。


広場の反対側にはもうひとつの街のシンボル的存在、山羊教会(Kecske templom)


お天気とうこともいり、とてもゆったりとした時間が流れていた。


少し歩いて新シナゴーグ(Zsinagóga)の建物へ。


中では第二次世界大戦時にこの地域に住んでいて、その後虐殺されたユダヤ人たちの追悼展示が開催されていた。


その反対側には旧シナゴーグ(Ó-Zsinagóga)


礼拝堂は通りに面していなくて、少し奥まったところにある。


振り返ると趣深い路地の眺め。



この街で気になったのが、通りや広場の表示がハンガリー語とドイツ語の二ヶ国語表記になっていることだ。


第一次世界大戦後、1921年の住民投票によりオーストリアではなくハンガリーに帰属が決定したとのこと。国境からわずか6キロほどなので、普通に両国の行き来は行われているのだろう。


もうひとつ気になったのが、歯医者の数。


ほとんどの歯医者が二ヶ国語表記だった。しかもドイツ語がメイン。前にハンガリー人の友人に聞いたのだが、ハンガリーの歯医者は近隣諸国と比較して安く、クオリティも高いため、近隣諸国から診療ツアーに来る人々も多いらしい。


街の途中で石畳の舗装工事を見かけた。


1個1個敷き詰めていくのかな? 私がやったら途中で間違えてしまいそうだ。


旅はまだまだ続く。

今回の旅の第6の目的地は、オーストリアとハンガリーの国境に近いフェルテーラーコシュ(Fertőrákos)の採石場
2015年にリニューアルオープンしたばかりで、前よりも見どころが増えたと聞いた。


 

この採石場は古くはローマ時代から、なんと1948年まで使われていたという。ここから切って運び込まれた石で、街と建物が建設されていた。




順路に従って進むと、施設のてっぺんから遠くにフェルテー湖(Fertő-tó)が見える。国境にまたがるこの湖には野生の渡り鳥も多く生息。周辺も含めての文化的景観により、ユネスコ世界遺産「文化遺産」として登録されている。



順路に進んで採石後洞窟のようになっている中へ。


太古の時代はこの辺りまでだったようで、化石なども展示されていた。




敷地内には、半野外のコンサートホールも併設。


ここで演奏される音楽は、それはそれは素晴らしい響きとなるんだろうなぁ。一度は聴いてみたい。

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